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    “ダサかっこいい”とはこういうこと

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    THOM BROWNE

    「ダサく決める」

    このスタイルは洋の東西を問わず、古くから「酒落者」だけに許された自己主張だった。一歩まちがうと笑い者になる。しかし、中には「待てよ、これはアリかも」と心を動かされた一握りの人たちがいたはずだ。

    そういう突き抜けた「酒落者」と、妙にその姿が心に焼き付いた者たちによって、「ファッションは成立し、進化していった」とは言い過ぎだろうか。

    背丈を高く見せるために上げ底ハイヒールを履き、盛り気味のズラをかぶり、バレエのために黄金衣の衣装を作らせ太陽王と呼ばれたルイ14世。
    パリの芸術家サロンで、誰よりも目立ちたくて、髭を水飴で整えたダリ。
    国民健康保険で国から支給される眼鏡にアーミーシャツを着たジョン・レノン。

    いずれも劣らず「てんでダサくて、めっちゃかっこいい」人たちだ。

    かっこよく生きるなんて、ちょっとの金があれば、馬鹿でもできる。
    ダサく生きるなんて、死んでもゴメンだ。
    ダサかっこよく生きる、これこそ最高にクールな生き方。

     

    “ダサかっこいい”伝説を作った人たち


     

    いつの時代にも、どこの国にも“ダサかっこいい”やつらはいた。
    時代に逆らい、権力に唾を吐き、唯我独尊をつらぬいた伝説の人たち。
    “ダサかっこいい”はファッションではない。生き方そのものである。

     

    Kurt Cobain(カート・コバーン)

    Kurt Cobain-Pajamas寝間着をファッションにしたのはカート・コバーン。
    “ダサかっこいい”というには、あまりにもかっこ良すぎるかもしれない。彼の身につけたひとつひとつのアイテムまでもが、今や伝説となっているカート・コバーン。90年代を代表するファッションアイコンである彼も、デビュー当時は、「薄汚い古着を着たパンクス」と蔑む声もあった。パジャマでステージに立った時は、「寝間着ってありなの」という反応も少なからずあった。今じゃパリコレのランウェイでも堂々とまかり通るスタイルなのだが。“ダサかっこいい”は時として、ただ時代がついていけなかっただけの現象なのかもしれない。

     

    Robert Deniro(ロバート・デニーロ)

    Robert Deniro-Taxi Driverモヒカンを勝負ヘアにしたトラヴィスを演じたデ・ニーロの狂気。
    “ダサく決める”それをもっとも具現化したのは、映画『タクシードライバー』のクライマックスシーンで、モヒカンの勝負ヘアにしたトラヴィス(演じたのはロバート・デ・ニーロ)をおいて他にあるまい。これから命をかけて殴り込みにいくという一世一代のシーン。高倉健なら半纏脱いで、着流し。トニー・モンタナなら白スーツ。しかし、トラビスはモヒカンだ!!M-65を着込んで、2丁拳銃を微笑みながらぶっ放す。映画史に残る“ダサかっこいい”名場面ではなかろうか。

     

    David Hockney(デビット・ホックニー)

    David Hockneyデブ、眼鏡、ゲイという要素も すべてアートに変えたホックニー。
    《バーバリープローサム》がコレクションのモチーフにしたこともあるデビット・ホックニー。これまでも何度となく多くのデザイナーが彼のスタイルや作品からインスパイアされてきた。はっきり言って、風貌はまったくかっこよくない。絶対、女にモテない外見だ。なのに、強烈な個性と存在感がある。しかもとてもチャーミングで、着こなしも真似したくなる。まさに“ダサかっこいい”の神髄である。アンディ・ウォーホール、ウディ・アレンとともに「ナード御三家」とよばせていただきたい。

     

    Yusaku Matsuda(松田 優作)

    Yusaku Matsuda松田優作はかっこいいを超越した狂気のダサさ。
    「内気は知性」と言ったのは誰だったか。人前に出ることが恥ずかしい。だが、繊細な神経と豊かな感受性という硬い殻の奥には稀なる才能が宿っている。それを取出して、殻から表に出すためには、「照れ」を遥かに越えた自己表現が必要だ。松田優作はその答えを“ダサかっこいい”に見つけた。そして、あまりにもかっこ良すぎる「ジーパン刑事」のイメージと決別した。彼より少し前にその境地を極めた萩原健ーとは異なり、彼の“ダサかっこいい”は、狂気のような迫力に満ちていた。

     

    “ダサかっこよく”演出するデザイナーたち


     

    巨大なマーケットとなった現在のファッション。
    そんなビジネスのことを気にせず、己の創造性だけを信じ、突き進むデザイナーがいる。

     

    Donatella Versace(ドナテラ・ヴェルサーチ)

    Versace Mens collection

    自由、解放と挑発
    鍛えぬかれた強靭な体をもつ男たちに、ビキニパンツや袖のロールアップなど、1978年にドナテラ・ヴェルサーチの兄であるジャンニ・ヴェルサーチがブランドを創立して以来、《ヴェルサーチ》が掲げるアイコンはー貫している。体のラインを強調するカッティングやゴールドのメデューサプリント、オプティカルプリント、さらにネオンカラーのデジタルパターンによって、《ヴェルサーチ》が打ち出すマキシマニズムとマスキュリニティはよりシャープに、モダンに描かれる。なかでもショーで特筆すべきは、ステージやモデルの体に施されたカラフルな装飾。スポーツからインスパイアされたという、ボディペインティングにも見えるビビッドなシールを貼りつけたジャケットやパンツは、ドナテラなりのポップアート。ゆるぎない個性でブランドらしさを追求した演出は、ポジティブなファッションを提案する。

     

    Bernhard Willhelm(ベルンハルト・ウィルヘルム)

    Bernhard Willhelm Mens Collection

    エキゾチックの追求
    ヴィヴィアン・ウエストウッド、アレキサンダー・マックイーン、そしてウォルター・ヴァン・ベイレンドンクといった、ファッション界屈指のトリックスターたちのもとで経験を積んだベルンハルト・ウィルヘルムは、“ダサかっこいい”の伝道師ともいえる。1999年のデビュー当時から、凡人には理解できない宇宙的な解釈のなか、モードと日常の感覚を融合し、無邪気な遊び心を表現する。現在もそのクリエーションは健在。ロサンゼルスにて撮影されたルックブックに起用したモデルは、還暦を迎えた自分たちの時間を自由に楽しむ老人たち。ハイテク素材のスパッツは、シーズンモチーフとなっている。ハサミのパターンが施された派手な服を身にまとい、コントラストを生み出す。こうした大胆かつ、はじけたミックススタイルと奇想天外なベルンハルトの演出はファッション本来の楽しさを再認識させてくれる。

     

    Thom Browne(トム・ブラウン)

    Thom Browne Mens Collection

    クラシックの定義を覆す
    グレイのカーディガンやトラディショナルなスーツなどのシグネチャーアイテムからは想像できない《トムブラウンニューヨーク》のコレクション。登場するモデルの顔にはファンデーション、類にはチーク、さらに唇には赤いルージュが塗られ、目は大きめのティアドロップのミラーサングラスで隠されている。1970年代後半から80年代前半のデヴィッド・ボウイを彷徒とさせる妖しい色気がミリタリースタイルに演出されている。しかも、トムがランウェイの会場に選んだのは、フランス・パリのエコール・ミリテール(陸軍士官学校)だ。普通ファッションショーで使うことのできない会場は、さらにコレクションに緊張感を与えた。今回のショーもまた、さまざまな物議を醸し出すことになったが、それでもあえて未開の地へ踏み、エンターテイメントに徹するトムには拍手を贈りたい。

     

    “ダサかっこいい”判別表


     

    ー見、判断しかねる“ダサかっこいい”。
    にわかな知識と経験だけでは、その識別は難しい。
    しかし、具体例をあげて個別に検証してみると、そこには規則性が存在する。
    これさえあれば、間違えることはない“ダサかっこいい”判別表。

     

      カッコイイ ダサかっこいい ダサい
    シングルモルト 日本酒 トロピカルカクテル
    インテリア プルーヴェ 民芸(アノニマス) イームズのコピー
    小説家 イアン・フレミング トルーマン・カポーティ スティーブン・キング
    イットガール ケイト・モス クロエ・セヴィニー パリス・ヒルトン
    グルメ ミシュラン取材拒否の店 京成立石のモツ焼き屋 俺の××××
    都市 ブルックリン ポートランド アトランタ
    サッカー選手 クリスティアーノ・ロナウド マリオ・バロテッリ アンドレス・イエニスタ
    ビスポークジョンロブ リックオーウェンス×アディダス  先が尖って反り返った革靴 
    アウター サンローランのライダース  2サイズ大きめのMA-1  背中にスカルのプリント 
    パンツ タイトでノークッション  ヒップがダボダボで丈短め  裾引きずりで半ケツ 
    下着 シルクのビキニ  ノーパン(履くヒマなし)  柄物のボクサートランクス 
    抱擁シーン 波打ち際でお互い濡れたまま  渋滞の車のボンネットの上  映画「タイタニック」を真似て船の先端 

     

    “ダサかっこいい”5箇条の誓文


     

    第ー条 誰に何と言われようが、決してブレない

    ダサい上等、かっこ悪くて文句あるか。誰に何と言われようが、自分の生き方を曲げない。「ドブの中でも死ぬ時は前のめり」と星一徹も言ったように、どんな状況でも、自分の信じた道を生きる。頑固者と言われてもいい。いや、それが、最高の褒め言葉、くらいの心構えがほしい。ただし、女子供からは嫌われるし、親戚ー同からもそっぽ向かれる。覚悟せよ。

     

    第ニ条 知識よりも経験

    ネットから情報を拾って、知った気になるなど、もってのほか。自分の経験則しか頼りにしない。水に手を入れて冷たさを知り、熱湯風呂に入って熱さを知り、辛ラーメンを食べて辛さを知る。オーストリアの教育家に学ばずとも、区立だってそんなことくらい知っている。女の悦ばせ方などエロ雑誌でにわか勉強なんかしない。プロアマ問わずもっぱら実戦でタップをとってこそ、漢。

     

    第三条 どうでもイイことにこそ、こだわる

    石田治部省輔光成は、切腹の直前に名物の柿を動められたが、「いや、柿は身体を冷やす」と言って断ったと伝えられている。「健康のためなら、死んでもいい」。そんなこだわりこそ、“ダサかっこいい”主義の真骨頂。煙草の封を切ったときに、一本だけ逆さまにして願い煙草をしたり、ギザ10は絶対に使わなかったり、小指の爪だけ妙に伸ばしたりするのも、“ダサかっこいい”主義では、崇高だ。

     

    第四条 ー流を知りつつ、あえてニ流を好む

    ー流品で身を固めるなんて、センスもない野暮天のやること。ちょっと金さえあれば、馬鹿でもできる。もちろん、一流を知ることは大事だ。ただ、ミシュランの3つ星レストランでディナーをした翌日に、朝市の食堂でサバ味噌煮定食に舌鼓を打てる人こそダサかっこいい。織田作之助は偉大なる先輩。ただ、フェラーリで牛井屋に行っているどこかのお馬鹿ニ世タレントの真似はしないように。

     

    第五条 人をイラッとさせるな、クスッとさせろ

    いくら“ダサかっこいい”主義が唯我独尊とはいえ、人様に迷惑をかけてはいけない。カート・コバーンが亡くなる前に生まれているのに、「俺はカートの生まれ変わりだ」と言っていた元俳優のように、発言だけでも人をイラッとさせては“ダサかっこいい”失格だ。それなら、「おもろいヤツ」と笑われたほうがよい。目指すはフーテンの寅さんのような人間だ。