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    不自由なことは自由であることを知っている「紳士」に贈るモノ選び

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    ジェントルマンたちの服は一見、伝統に沿った決まり事が多く、堅苦しいものに見えるかもしれない。

    しかし、決められたルールの中で自分のスタイルを見出していくことこそが、ジェントルマンの魅力だ。決まり事のない自由なスタイルに、真に美しいと言えるものが果たしていくつあるのか。

    不自由なことは自由であり、自由なことこそ実は不自由であることを知っている、紳士に贈るモノ選び。

    the
    GENTLEMAN’S
    ARCHIVE

    Hat

    – 死んでも前髪は見せるな –

    for-a-gentleman9かつて帽子は、ジェントルマンにとって、タイやシャツ、そして美しく磨き込まれた靴よりも重要なアイテムだった。帽子さえ被っていれば、紳士の服装の規則内と見なされた時代もあったほどである。様々なヘアスタイルが生まれるにつれ、帽子も現代風にアレンジされてきたが、紳士的な被り方は普遍だ。額をしっかりと見せて被る。これに尽きる。帽子から前髪がはみ出しているなどは、公衆の面前で何も身に纏っていないのと変わらない恥ずべきことだ。

    HABIG
    1862

    オーストリアの宮廷御用達の帽子店。1873年に行われたウィーン万国博覧会でそのクオリティの高さが評判となり、ドイツ皇帝、英国王室、ギリシャ王などが愛用。ヨーロッパ社交界では、ハビックを被ることがエチケットであるとまで言われた。

    BORSALINO
    1857

    中折れ帽(フェドーラ)の歴史は、ボルサリーノから始まったと言われている。1867年頃、トリノのタバコ会社で労働争議があり、その仲介役となったロッビアという代議士が採み合いの中でボーラーを被った頭をステッキで殴られ、頭頂部に深いへこみができた。彼がこれを名誉の傷としてそのまま被り続けているのを見て、真似する人たちが現れ始め、中折れ帽の始まりとなったという。

    CHRISTYS‘ HATS
    1773

    英国の帽子店の歴史は長い。クリスティも、ボルサリーノよりさらに古い1773年の創業。200年以上の歴史を持つ伝統的なデザインが特徴ながら、現代的なデザインも取り入れ、ケイト・モスやリンジー・ローハンなども愛用。マイケル・ジャクソンにもハットを提供していた。

    JAMES LOCK & CO.,LTD
    1676

    顧客には、古くはネルソン提督、チャーチル元首相、チャップリン、オスカー・ワイルド、サルバドール・ダリ、ダイアナ元皇太子妃などが名を連ねるロイヤルワラント・ホルダー。創業1676年の世界で最も歴史のある帽子店だ。ウサギの毛で作られたボーラーはこの店の看板的存在。もともとは、猟の際に帽子が木に引っ掛かって落ちてしまうため、掛かりのないドーム状の可愛らしい帽子が生まれた。

    Duffle

    – ダッフルの歴史はグローバーオールの歴史 –

    for-a-gentleman14手袋をしたまま留め外しのできるトグルのコート。ベルギーのアントワープ近郊の都市ダッフルで作られた起毛仕上げの厚手のメルトン生地を使ったことから「ダッフルコート」と呼ばれるようになった。まだ歴史は浅く、一般的になったのは18世紀頃から。もともとは労働者のために作られた作業着であったが、第二次世界大戦時に英国海軍が北海勤務の水兵用コートに採用し、また、英国陸軍元帥のモンゴメリーが愛用したことで人気となった。クラシックなコートとしては珍しくフードが付いており、少しカジュアルなジェントルマンスタイルを表現したければ、これほどの選択はない。そんなダッフルコートを手がけるメーカーとして一番に名が挙がるのが、代名詞的存在であるグローバーオール。創業は意外にも新しく1951年。軍の依頼により払い下げ品のダッフルコートを販売し、世に広めた。前身の会社が「マスターテーラー」という名の仕立て屋だったこともあり、ミリタリーアイテムだったダッフルコートを高品質なファッションアイテムへと成長させてきた立役者で、ダッフルコートの歴史そのものと言っていい。

    Sweater

    – はじまりは「狩」 –

    for-a-gentleman1819世紀の半ばまで、ジェントルマンがニットを着ることはほとんどなかった。ニットといえば、丈夫な作業着と考えられていたからだ。しかし、狩猟を楽しむようになると、寒さから身を守る丈夫なニットウェアが必要となり、ジェントルマンの余暇に欠かせないものとなった。

    ARAN SWEATER

    アイルランド西部のアラン島発祥のフィッシャーマンセーター。細かい編み込みの文様は、漁師の妻たちの漁の安全と豊漁の願いから生まれたもの。ジグザグのパターンは“深く入り組んだ入江”、縄目模様は“航海の安全を祈る願い”、ダイヤ模様は“富の象徴”として編み込まれた。ほかにも編み柄は10種類以上あり、各家ごとに異なるため、不幸にも漁で溺れてしまった際も、セーターの柄で身元が判断できたという。

    GUERNSEY SWEATER

    16世紀からニット製品を王室に献上することと引き換えに、イングランドから羊毛を輸入する許可を得ていたほどのニット生産の歴史があるガンジー島。この島のセーターは、強い海風から身を守るため羊毛の丈夫な糸をぎっしり目の詰まった編み方で仕上げ、ボートネックで常に首回りを覆う。また漁師たちの日常生活を象徴する意匠も編み込んであり、例えば袖のゴム編みは“船のはしご”、肩のかぎ編みは“ロープ”を表している。ガンジーウーレンのセーターは、堅牢な編み地が着れば着るほど自分の体に馴染んでくるクラシックなスタイルを継承している。

    FAIR ISLES WEATER

    スコットランドのフェア島を発祥とするセーター。横段の幾何学模様は、伝統的なニットでは珍しくカラフルな糸で編み込まれる。1922年にウィンザー公がゴルフウェアとして着用したことで広く知られることとなった。本来は、シェットランド羊毛糸を使った手編みである。ジャミーソンズのセーターは、シェットランド島で採られたピュアシェットランドウールのみを使用した本物だ。1893年創業の、シェットランド諸島最古のニットブランドでもある。

    Watch

    – 自分にとっての正解を極める –

    for-a-gentleman19ジェントルマンが身に着けることができる装飾品はそう多くない。時計とカフリンクス、ほかには結婚指輪くらいのものだ。特に時計は、その主の人柄を顕著に表す。ぜんまい仕掛けの複雑なメカニズムを持つ機械式時計か、それとも巻き上げを気にせずコンパクトでコストパフォーマンスの良いクオーツか。そして、プラチナなのか、ゴールドなのか。これにはどれが正解というものはない。自分のスタイルとフィットするかで決めるのが良いだろう。ただし、時を刻み続けるための道具であるにもかかわらず、時に流されてしまうようなデザインを纏っているようなものを選ぶベきではない。

    BLANCPAIN
    1735

    for-a-gentleman201735年創業の世界最古とされる時計メーカー。中でも《ヴィルレ》は最もクラシックなコレクションで、エナメルを幾重にも重ねて800°C以上で高温焼成された文字盤は、何代にもわたってこの美しさを保つだろう。

    VACHERON CONSTANTIN
    1755

    for-a-gentleman22創業以来、一度も途切れることなく営業を続けている会社としては世界最古のメーカー。薄型時計を得意とし、過去、何度も世界記録を塗り替えている。《ヒストリーク・エクストラフラット1955》は、ケースの厚さがわずか4.1mmの現在、世界で最も薄い機械式時計だ。

    BREGUET
    1775

    for-a-gentleman24永久カレンダーやミニッツリピーター、トゥールビヨンなど、様々な革新的技術を生み出し、「時計の歴史を200年早めた」といわれるブレゲ。1775年にエ房を始め、ナポレオンやマリー・アントワネット、ウェリントン公も愛用した。《クラシックシリシオン》はクラシカルなフォルムに、最新の耐久性と耐衝撃機構を採用したモデル。

    JAEGER-LECOULTRE
    1833

    for-a-gentleman21ムーブメントから自社ー貫生産するメーカーである“マニュファクチュール”の代表的存在。この《マスター・ウルトラスリム38》は薄さにこだわったモデルで、ミニマムなデザインが6.3mmの薄さをー層際立たせている。

    PATEK PHILIPPE
    1839

    for-a-gentleman232人の亡命ポーランド人によって創業されたスイスの時計メーカー。1839年の創業以来、伝統に基づいた手仕上げによる時計製作を続けており、年間製作本数が限られるため、稀少性が高い。この《カラトラバ》は、スモールセコンド付きながら、きわめて潔いエレガントさで魅せてくれる。

    IWC
    1868

    for-a-gentleman25スイスのライン川の水力に恵まれた地、シャフハウゼンでアメリカ人の時計技師によって創業された。スイスの伝統的な機械式時計の技術と、アメリカの開拓者精神を融合し、高品質な機械式時計を、効率的に作る体制を確立している。《ポルトギーゼ・ハンドワインド)は、IWC第1号のポケットウォッチのムーブメントを継承したクラシックな味わいのモデルだ。

    Pocket Book

    – 一銭にもならない、いかれた冒険 –

    for-a-gentleman26マイソンのダイアリーの中でも最も有名な《パナマ》は、そもそもの始まりである1908年から、ジェントルマンが使用することを前提に作られてきた。そのサイズ(14×9cm)は、ジャケットの内ポケットにすっぱりと収まるよう決定され、パナマ帽の原料と同じパナマ草の繊維を使った製本は丈夫で軽く、丸めても折り曲げても壊れないどころか、使い込むうちに味わいを増すよう考えられている。スマイソン独特のフェザーウェイトペーパーは、万年筆で両面に書いてもにじまず裏写りしない、世界で初めて極薄の紙として、特許を取得している。《パナマ》発売当時の大英帝国は、世界旅行ブームのさなかでもあった。タイタニック号の沈没が《パナマ》発売の4年後といえば、当時の状況が想像できるだろう。旅行に際し準備を怠らないのもジェントルマンの心得のうちとばかりに、当時の《パナマ》には、パスポートが必要な国と取得手続きについてのページが存在していた。そのページは今はないが、ロンドンの主要ジェントルマンズクラブと高級レストランのアドレスは、現在に至るまで引き継がれている。また、ショッピングなど用途に合わせたアドレスを掲載した各種のダイアリーも発売されている。発売当時のジェントルマンの筆記具、万年筆で書くことを前提として作られた《パナマ》だが、万年筆以外の筆記具が活躍する場合もある。1979年から82年の間に極地を含む10万マイルを旅して、パトロンとなったチャールズ皇太子に、「素晴らしくいかれた試み」と言わしめたトランスグローブ号探検隊は、全員がトランスグローブ号の名前入り《パナマ》を持っていた。長い航海と探検の記録は必要だが、軽量かつ丈夫なノートでなければ携行できない。その条件にぴったり合うのが《パナマ》だったのだ。そして、万年筆は極地では使用できないため、記録は鉛筆で行われた。この手の一銭にもならないいかれた冒険は、ブリティッシュジェントルマンの得意とするところである。

    FOX UMBRELLAS
    1868

    for-a-gentleman27現在、世界中の傘で使用されているスチールフレームを初めて開発したロンドンの老舗傘メーカー。もともとはパラシュートのメーカーで、その残材を傘に利用しようと考え、傘にナイロン素材を世界で初めて使ったのもフォックス・アンブレラだ。畳んだ時のシャーブな細巻きの佇まいが象徴的。

    前原光榮商店
    1948

    for-a-gentleman28代々皇室に傘を納めてきた前原光榮商店。すべての傘は部品から骨組みまで職人の手作業で作られる。この(TRAD-12)はー般的な8本骨より骨の数が多い12本骨で、傘をさしたときの剛性感が高いモデル。スマートなマラッカ藤のハンドルの印象も相まって折り畳んだ際の見た目は細くスタイリッシュだ。

    MOMA
    1929

    for-a-gentleman29ニューヨーク近代美術館のオリジナルグッズである、ゴルフクラブと傘のハイブリッド。本物のクラブ同様の重量感がリアルだ。紳士のスポーツの代名詞であるゴルフのモチーフは、ジェントルマンスタイルとの相性は悪くない。チャーミングに取り入れることができれば、高級な傘に勝るとも劣らない相棒となるだろう。

    SWAINE ADENEY BRIGG
    1750

    for-a-gentleman30“1本で3代使える傘”をモットーに生地の裁断から軸の切削に至るまですべての工程を今もハンドメイドで行うロイヤルワラントの傘メーカー。見るからに素性の良さそうなツヤをした稀少なワンギー(竹の地下茎)を持ち手に使用。ほかヒッコリーなど7種の素材が用意される。

    Umbrella

    – 実用性を兼ね備えた“ステッキ” –

    その昔は傘を持っていると、“馬車も持たない男”と思われることが多く、決して歓迎されるようなものではなかった。しかし、突然の雨への対応ということにおいてはこれに勝るものはなく、また、フォックスが革命的なフレーム構造を生み出し、細く美しく畳めるようになってからは、ステッキの代わりにもなり、ジェントルマンにとって普遍のアイテムとなった。

    PRADA
    1913

    for-a-gentleman31英国の老舗ばかりですべてを固める必要はない、プラダのようなメゾンの傘であれば、品位を損なうことなく、スタイルを軽快にしてくれる。持ち手にあしらわれたサフィアーノと呼ばれるプラダ定番の牛革は傷がつきにくく機能的なうえに、始末も美しく、紳士の所有欲を大いに満足させてくれる。

    FULTON
    1956

    for-a-gentleman32持ち手が杖の形状で、長さを調整できるようになっているため、1本で2役をこなしてくれる。価格帯も比較的こなれていて、英国での一般人の認知度は、フォックスやブリッグなどより高い。若者向けのブランドとコラボレーションしたりとカジュアルな印象もあるが、実はエリザベス女王御用達の立派なロイヤルワラント・ホルダー。

    HERMES
    1837

    for-a-gentleman331837年、パリの馬具工房として創業し、一大メゾンとなったエルメスによる傘(Pluie de H)。フランス語で“Hの雨”という意味で、傘布にはHをモチーフにした柄が降り注ぐようなデザインとなっている。重厚なブナ材の持ち手は、一本の木から削り出されており、滑らかに伸び上がるシルエットが美しい。

    LONDON UNDERCOVER
    2008

    for-a-gentleman34デザイナーのジェイミー・マイルストーンにより2008年に立ち上げられた傘メーカー。英国紳士の象徴的アイテムながら脇役になりがちな傘を、必要不可欠なファッションアイテムへと復権させることを目的とした新進ブランド。大胆なプリントデザインで、憂鬱な雨の日を楽しませてくれる。

    Savile Row

    – このワードなしでは紳士服は語れない –

    for-a-gentleman361969年のバレンタインデー、サヴィル・ロウに一軒のテーラーがオープンした。ナッターズ・オフ・サヴィル・ロウ。サヴィル・ロウでは実に120年ぶりの新規テーラーのオープンが、サウィル・ロウにスウィンギングロンドンを持ち込むことになる。ナッターズ・オブ・サヴィル・ロウのスタイルは、がっちり作った肩、絞ったウエスト、幅広のラペルをポイントとするジャケットに、フレアの入った「パラレル」と呼ばれるトラウザーズ。ナッタース・オブ・サヴィル・ロウは、当時の常識を破り、このスーツをショーウィンドウに堂々とディスプレイした。しかも、あるときはブリキのゴミ箱と模造ダイヤのネックレスを着けたネズミの剥製と一緒に。トミー・ナッターとともにナッターズ・オブ・サヴィル・ロウを立ち上げたマスターカッター、エドワード・セクストンは語る。「サヴィル・ロウは当時、上流階級だけの場所でした。ウィンドウはカーテンで隠されていて、スタイルは秘密になっていたのです。そこにゴミ箱やネズミを持ち込んだのですから、ものすごい批判に遭いました。だからやったんですが」。ナッターズ開業の資金は、アップルレコードのピーター・ブラウン、人気シンガーのシーラ・ブラックとその夫といった音楽業界の人々からの援助によるもので、ナッターズの顧客もまた、音楽業界から広がっていった。ビートルズのアルバム『アビィ・ロード』のジャケットで、ショージ・ハリスン(ジーンス姿)以外の3人が着ているスーツはすべてナッターズ製であり、71年、ミック・ジャガーとビアンカの結婚式のスーツも、ナッターズのものだ。「私たちの顧客のスーツやウィンドウを他のテーラーの顧客も見るわけです。そして自分のスーツを作る際に、ラベルを幅広にとか、ウエストは絞ってほしいなどの要望をテーラーに話す。ビスポークとは顧客の要望に応えることですから、他のテーラーの作るものが、次第に私たちのものに近くなっていきました。結果的に、ナッターズはサヴィル・ロウの新しいスタイルを作ったのです」。とエドワードは語る。アールデコのアーティスト、クラリス・クリフを愛したトミー・ナッターはまた、アールデコ的な直線の組み合わせを、タイプの違うチェックやストライプをー着のジャケットに用いる形で取り入れた。縦であるべきストライプが横になったうえに、幅広のパイピングとして使われていたり、ポケットだけが柄の違うチェックであったりと、縦横無尽の柄合わせをしたジャケットが次々に作られた。こうして伝統的なスーツの概念を覆しつつ、スーツ自体の作りはあくまでも伝統に則っていた。80年代にトミー・ナッターに勤めたテーラー、ティモシー・エヴェレストは、「トミーはサヴィル・ロウの伝統的な技術を用いながら、伝統を覆したんです。伝統的な手法や素材で新しいものを作り出すことができることを証明しました」と語る。ナッターズのオープンから7年後、76年に、なんとトミー自身がキルガー・フレンチ&スタンバリー(現キルガー)に移ってしまう。ここから、事態は少々複雑になっていった。エドワードはトミーの復帰を信じてナッターズを守り続けたが、81年トミーは新たなバッカーを得て、17-19番地にトミー・ナッターをオープン。それを見たエドワードも同年、37番地にエドワード・セクストンをオーブンしたことで、ナッターズは完全に過去のものとなった。ティモシー・エヴェレストが勤めたのはこの時代のトミー・ナッターだ。80年代のトミー・ナッターは、エルトン・ジョンのステージ衣装や、映画『バットマン』の衣装などを手がけている。そして92年、トミーの死によってすべては終わり、トミー・ナッターの名も忘れられていった。「サヴィル・ロウに革命を起こしたのはトミーだったし、彼のスタイルに影響を受けたメンスデザイナーはたくさんいます。そういうことを若い世代にも知ってもらいたい」。

    Shoes

    – お洒落は足元からとはよく言ったもの –

    for-a-gentleman37服に微に入り細をうがってこだわったとしても、足元が台無しでは意味がない。もしそれほどワードロープにかけるお全がないのであれば、そのほとんどを靴に充てたらいい。ジェントルマンたるにふさわしい身の回りの品々を揃えようとしているのなら、まず最初に靴を買うことだ。良い靴を履いてさえいれば、服にまで手が回らずとも、それなりの人物として扱ってくれるだろう。なかでも英国製の靴は、そのラストが発する美しさの熱量が絶妙に抑制されていて、夜更けに聴くゴスペルのような静かなリズムを刻みながらその体温を保っている。

    GAZIANO&GIRLING
    2006

    for-a-gentleman38エドワードグリーンビスポーク部門で、ラストメイキングを担当していたトニー・ガジアーノと、ジョンロブロンドンやジョージクレバリーなどの誂え靴の製作職人であったディーン・ガーリングによるブランド。久しぶりに登場した正統派の英国紳士靴メーカーで、絞り込まれた土踏まずや小ぶりなヒールのエレガントな靴を作る。

    GEORGE CLEVERLEY
    1958

    for-a-gentleman39メイフェア、グリフォード通りの高級靴店、Tuczekで38年働いたジョージ・クレバリーが独立し、同じメイフェアにて創業。靴の先端をノミを使って鋭角的にカットしたような「サスピシャリティ・スクエア」のトウを生み出した。ルドルフ・ヴァレンチノ、チャーチル、ゲーリー・クーパーなどが顧客に。

    EDWARD GREEN
    1890

    for-a-gentleman40ノーザンプトン創業。代表的なラスト82を使用した《リッチフィールド》はパンチングの季飾も華やかな、クラシックなアデレードスタイルの一足。ノーズが長くシャープなシルエットながら、トウにほどよくボリュームがあり履きやすい。

    CHEANEY
    1886

    for-a-gentleman41ノーザンプトン創業。コストパフォーマンスに優れ、有名セレクトショップの別注モデルを数多く製作しており、日本でもとても馴染みが深いブランドだ。クラシックな基本は踏襲しつつ、コンテンポラリーなセンスも柔軟に取り込んでいる。

    CROCKETT&JONES
    1879

    for-a-gentleman42ノーザンプトン創業。木型が豊富で様々なモデルを揃える。特にUチップの代表作である《ドーバー》が有名だが、そのカジュアル版《モールトン》も万能なー足として人気が高い。

    SANDERS
    1873

    for-a-gentleman43ノーザンプトン創業。ギーブス&ホークス、マルセルラサンス、A.P.C.、ラルフローレンの靴や、英国国防省のオフィサーシューズのほとんどを製作してきたことでも知られる。

    CHURCH’S
    1873

    for-a-gentleman44イギリスの靴作りの聖地であるノーザンプトン創業。プラダに買収されて以来、時代に敏感なモードな雰囲気となった。代表作はラスト173の《チェットウッド》だが、ラスト81を使った《バーウッド》もトウが丸みを帯びたふっくらとボリュームのあるシルエットで、武骨な古き良きチャーチを感じさせてくれる名品。

    GRENSON
    1866

    for-a-gentleman45ノーザンプトン創業の質実剛健がモットーの靴メーカー。しっかりとした革が足に馴染むまで少し時間がかかるが、フィットすると手放せなくなる。《オックスフォード》は、まさにグレンソンの靴作りを体現したようなモデルで、英国靴の実直な雰囲気がにじみ出る。

    TRICKER’S
    1829

    for-a-gentleman46ノーザンプトン創業の数ある靴メーカーの中でも特に歴史の古いロイヤルワラント・ホルダー。日本ではカントリーラインの人気でお馴染みだが、この《ケンジントン》は、チャールズ皇太子も愛用するドレスライン「セントジェームスコレクション」に含まれる一足。ワイズが広めで日本人でも履きやすい。