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    時代を揺るがした 「コムデギャルソン」 のコレクションベスト7

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    世界中のファッションジャーナリズムが沸き立った80年代初頭のパリコレ以降、川久保は常に新しいことへ挑戦、注目を集め続けている。

    ここでは、過去7シーズンのエポックメイキングなコレクションをピックアップ。当時、欧米各メディアがどう報じたのか、新しい切り口で紹介。


     

    ボロルック 82-85 COMME des GARCONS


     
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    ー そこらじゅう、穴だらけ ー

    穴があけられ、引き裂かれ、切り取られ。これはこれ以上はないほど貧乏にみせたい人のための新しいファッションである。特別な機会には、これを着るのがよろしかも。たとえば、税務署に行くときとか、賃上げを要求するときとか……。でも、気をつけて。惨めにすることは高くつくってことに!

    ー パリマッチ 1982年11月 ー

     
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    ー 夫の意見 ー

    私は、夫の意見に左右されることのない、独立したしっかりとした女性のために服を作っている、そう川久保は言った。

    ー ニューヨークタイムマガジン 1983年1月30日 バーナディン・モリス ー

     
     

    リリス 92AW COMME des GARCONS


     
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    ー コムデギャルソン、黒は黒! ー

    日本からもたらされたデストロイ・ルック現象は、レイ・カワクボのはさみで決定打が出された。彼女は、通知状さながらの既報の死を我々に告げる。誘惑と伝統に基づく信条の上に築かれた西洋版エレガンスの死の通知。

    ー フィガロ紙 1992年3月20日 ジャニー・サメ ー

     
     

    ボディミーツドレスドレスミーツボディ 97SS COMME des GARCONS


     
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    ー 言葉を失いました ー

    観客はこのショーの過激ではない部分の美しさに感嘆する一方、極端な要素には言葉を失った。神経質にくすくす笑うものもいれば(寛容的とは言えない)、多くが今度ばかりは川久保もやりすぎたと思ったのだ。(中略)しかしこのショーを理解した人々は、「これは芸術、生きた彫刻、川久保の最もパワフルなコレクション」と言って狂喜した。

    ー ガーディアンウィークエンド 1997年3月1日 ー

     
     

    失われた帝国 06SS COMME des GARCONS


     
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    ー 本当の業績 ー

    彼女が今回達成した本当の業績は、タータンチェックやカムフラージュ柄、ポリネシア風フラワープリントの等幅に切り出した布によって、ドレスそのものジャケットそのものを作り出したことだ。しかも、それらの布を一着の服の中にいっぺんに交ぜ合わせ、手作業でドレープしたり、固めて威厳のあるショルダーを作り出したりしていたのだ。

    ー ニューヨークタイムズ 2005年10月5日 キャシー・ホーリン ー

     
     

    動揺 11SS COMME des GARCONS


     

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    ー デザインしない強さ ー

    コムデギャルソンのショーに登場した2人のモデルをつなぐ合体した服は、停滞するファッションを「かき回したい」という川久保の衝動から出てきたものだ。

    ー ニューヨークタイムズドットコム 2010年10月3日 スージー・メンケス ー

     
     

    男でも女でもない 12AW COMME des GARCONS HOMME PLUS


     
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    ー 少年のようではなかった ー

    このコレクションは、「少年のよう」でもなければ「少女のよう」でもなかった。それは「私たちみんなのよう」だった。

    ー Style.com 2012年1月20日 ティム・ブランクス ー

     
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    ー ヴィクトリアーナの暗示 ー

    このショーは怒りや攻撃性といったものとは程遠く、1980年代のロック、近代的なエネルギー、思いがけないロマンスの感触を加味した、スイートで美しいテーラーリングの提案だった。

    ー 2012年3月3日 WWD ー

     
     

    二次元 12AW COMME des GARCONS


     
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    ー 新しいルックス、新たな視点 ー

    フェルトやスパンコール付きのフェルトで作られた服はどれも真っ平らで、端から2、3センチ内側を縫い合わせており、そのいずれにも内側には何の構造もない。にもかかわらず、それは天使の服のようにモデルの体の周りに浮かんでいる。

    ー ニューヨークタイムズ 2012年3月4日 キャシー・ホーリン ー

     
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    ー ショーのあとの川久保 ー

    ショーの後、楽屋で川久保はいつものシャープな口調でこう言った。「未来は二次元です。」そうか!ファンのひとりが興奮した口調で叫んだ。その挑発的な言葉は、私たちが平たいコンピューターと一対一で向き合って永遠の時間を過ごしている、このテクノロジーに満ちあふれた世界のことだと。

    ー 2012年3月3日 WWD ー

     
     
     

    2012年6月、アメリカファッションデザイナー評議会(CFDA)からこれまでの業績を称えられ、最も力のある国際的なデザイナーとして、川久保玲は賞を与えられた。川久保が受賞した直後のニューヨークタイムズ紙上で、著名なファッション評論家のキャシー・ホーリンはこう書いている。「川久保ほど多くの独創的かつ困惑させるようなやり方で私たちの心を豊かにしてくれたデザイナーはほかにいない」「1970~80年代の精神をどのようにして今でも保っていられるのか。あの実験精神をその泥沼にはまることなしに持ち続けていられるのか」と。

    美しさとは?服を着ることとは?という問いかけをやり直さずにはいられないコムデギャルソンの服には、その問いかけを自分に課した瞬間に得られるものがある。それは変わらないと思い込んでいたことを変えることのできる「力」だ。その存在を知ることは大きな喜びだ。コムデギャルソンは1981年にパリで初めてミニショーと展示会を行い、翌82年の10月(83年春夏)のショーでは、欧米の新聞各紙を賑わすことになる。以降、80年代前半は「ボロルック」「バッグレディ」と揶揄される一方で、最も辛練だったフィガロ紙でさえ「ぼろぼろでくずれたパンタロンが650フランもするのである。(中略)これはいったい誰をバカにしているのか?しかしながら、ブティックはいつも客でいっぱいなのである」と記している。既成概念を覆した平面裁断によるだぼだぼ感や穴あきといった自由な発想が、世界中のジャーナリストの注目と消費者のリアルな反応によって評価されたのだ。これを機に、川久保はその後の立つべき位置や在り方を確信したのかもしれない。

    ほぼ全ルック黒一色のコレクションを発表したのは1992ー93年秋冬。喪服でもなく、シャネルやディオールのような優美な黒でもない、さまざまな黒を用いたファッションとしての黒を打ち出し、続くべルギー勢の黒の先駆けとなる。

    97年春夏に発表された通称「こぶドレス」のときは、リベラシオン紙はこう評した。「COMME des BOSSUS=せむし男のようにー」。多くのファッションジャーナリストがこの服の解釈を試みているが、ガーディアンウイークエンド紙の取材に、「今のファッションはつまらないものになってきました。(中略)私は、これらのカテゴリーのどこにも当てはまらない服を作って前進したかったのです。このメッセージをどうやって伝えたらよいかと考えたとき、「体がドレスとなりドレスが体となるという新しい考え方が浮かんだのです」と川久保は答えている。

    2000年代に入ってからも挑戦は続く。パターンを使わずに英国国旗やチェック柄、ハワイ風花柄の布を重ね体に巻き付けた2006年春夏「失われた帝国」。11年春夏「デザインしない強さ」では、ジャケットに3本目の袖が付いていたり、背中に上下逆さまのコートがぶら下がっていたりした。コムデギャルソンが誕生して43年の歩みの中で、レディスコレクションは63回。そして、13年春夏で56回を数えるメンズもまた、時代を揺るがし、時代を変えるコレクションを発表してきた。モデルとしては素人の俳優やアーティストをランウェイに登場させ、ジェンダーをひっくり返し、戦闘服に美を見出しー。

    60年代からファッションに関わってきた川久保がいまだ、「新しい、ワクワクする何か」を探し求め、具現化するのは容易なことではないだろうと推測する。しかし、ビビッドな色合いのまるで平たい紙人形のようなルックのコレクションは、会場いっぱいに鳴り響く拍手喝采とともに幕を閉じた。バックステージで川久保は言ったという。「新しくしたい」。